11/19: 木枯らし1号
北の大陸で育った冷たい風が日本海を渡るとき海上で湿気を含み、鈴鹿山脈にあたってふるい落とし、乾燥した強めの風 木枯らし1号になった。この木枯らしが波を起こし海鳴りを誘っていた。大王崎を東端に西に伸びる南北に短く東西に長いこの半島を前志摩半島と呼ぶ。半島の中央部の和具の町では小高い丘の上に登ると南北に海を見渡すことができ波の音を聞くことができる。いわゆる潮風が吹きすさび波の音が聞こえる町である。あの時もそうだった。、、、小学校低学年であった私は、土手で仕切られた隣の中学校のグランドから聞こえてくる部活の喧騒と波の音を聞きつつ帰宅したら、父母が庭で網を修理し妹が井戸で洗物をしていた。親父は綿入を着て広告の書いてある薄汚れた帽子をかぶり、母親は幼い弟を背中に負いながら時々揺すって機嫌をとっていた。塀も囲いもなくそのために家の中が丸見えの殺風景の家にかばんを投げ入れて、井戸端に行き上からぶら下がっている釣瓶で水を汲み水瓶に入れた。兄は大きな斧を天に向かって挙げてから薪を割っていた。年齢を問いながらそれなりの仕事をこなしているのが常であった。熊野灘に沈む夕陽は家族の体を分け隔てなく暖めてくれた。波の音を聞きながら兄の体の影が地面に細く長く伸びていたのを見た。楽しみの夕食は足を折って壁に立てかけてあった丸いテーブルを据えてから始まる。父親が真ん中にでんと座り、母親が皆の給仕をしながら食べていた。おかずは魚を中心のおかずやったけど父親は1品多かったが皆が皆暗黙の了解があった。時を得て今、私が妻と同じか少ないくらいである。嗚呼昔が良かったのか親父に甲斐性があったのか、、、ようし妻に言い聞かせて、聞き入れないなら三行半を書くべきかと考えている。、、、今日は強風で休みましたが明日は出船します。
11/05: 満天の星
準夜勤で勤務に出た妻が帰ってきた気配で目覚めて入れ代わりに外に出た。見上げた空には一片の雲もなく満天を星の光が彩っていた。オリオン星座群が中天に輝き、北斗七星が北東の空に顔を見せていた。気温計を持っていなかったが雲一つない空に吸われて「放射冷却」多分今年一番の冷え込みでなかったろうか?。寒さに気が付いて時計を見たら、午前二時、いまさら布団に戻るわけには行かず、軽トラックの座席に座りながらラジオ深夜便を聞きつつ空を眺めていた。自ら光を発する恒星は我が故郷で観るに大体やけど400年〜450年の歳月が掛かるということを子供の頃にきいた。それが正解ならその頃、わが国は関が原の合戦があって、我が家の先祖である島左近さんが西軍豊臣方の事実上の大将であった石田三成さんの家老として兵を指揮していたのではないでしょうか?。と、思いながら星を見ているとなぜか得をした気分になって心弾んだ。睡眠時間は短かったけど納得のいく朝であった。午前五時ラジオの二ユースを聞きながら港に走り、お客さんを乗せて出船した。今月一日には八枚揚がった真鯛は今一船で一〜二枚ですが代わりにイサキが良く揚がっています。よろしくです。
10/24: 熊野灘に沈む夕陽
低気圧の接近に伴う雨が降り出したのは作朝で、強めの風を吹かしながら今日午前中まで続いた。雨が上がった曇天の空に、わずかの時間強めの北西の季節風を送りそれが雲を払って快晴の空に変わった。前浜漁港に停泊してある船を徒歩で見回った帰り、漁港の東側にある広の浜辺の波打ち際を歩いた。10月の下句に入ったというに気温は高めで、小春日和の陽気であった。盛夏の頃鈴鹿から紀州に続くいわゆる紀伊山脈に隠れた夕陽はだいぶ南に下がって、今熊野灘に沈む。そのために広の浜を東に向かって歩く俺の背中にまともに熱を送ってくる.沖の布施田水道を航走る船の音や寄せては返す波の音を聞きながら、食に飢えた少年の頃を思いながらもこの海があったればこその感謝でした。ふと立ち止まって夕陽を見たら眩しくて急ぎ目を砂浜に転じたら、波が足跡を消していた。ああそうか、いつまでも過去を振り返らずに前に向かって歩けということなのかと自分なりに解釈をして足を速めた。沈む夕陽に体を温めながら思う、お日様も真っ赤に身を焼きながら必ず沈むにまして人の身のこの私、生きてる間は身を燃やしながら自分なりに活きようと。、、、この低気圧の影響で2日休みましたが明日からお客さんも入っているので出船します。よろしくです。
10/13: 北十字星
夜明けまで間があるので、習性になっている観天望気で空を見上げる。天空に座しているオリオン星座のペテルギュウス、リゲルに囲まれた三ツ星を南東に線を引くと青白く輝く明るい星がある。古代中国では厳冬期に天空に輝き、狼の目のように爛々と光るので天狼星となずけられた。この星の南に下がったところに少し変形をしているが十字の星がある。この星を北十字星と教えてもらった。少年の頃の我が家は生活が貧窮していて家に風呂がなく、2〜3日おきに近所の子供らと一緒に銭湯にいった。厳冬期、大人げぶって行くときはタオルを首に巻き帰りはきつく絞って体熱を逃さぬように頭からかぶるようにしていた。そうしながら仰いだ北十字星に祈りを捧げた。大人になったらお金が溜まるようにと、そうだ、俺いらがおおきになったら かねやま とつけてお金を山ほど貯めようと。以後幾多の歳月が光陰矢のごとくに過ぎたがかなわぬままに今日に至っているが、また願をかけてみた。真鯛を始めとする大きな魚が上がります様にと、願いが通じたのかどうか9日津市の磯崎さんがカンパチの104センチ、7キロを上げた。その後好調をキープしている。宜しかったら来てみませんか?。空に輝く北十字星に大漁を祈ってから出船してみませんか?。必ず願いを聞いてくれると思います。何故なら、星に願いを捧げる人が少ないから聞き届けてくれる確率は高いと思います。、、、今志摩沖は良方真鯛の他にカンパチやイナダ等が釣れて楽しめます。、、、、よろしくです
10/06: 釣り大会も終わって、、、
10月5日、町民祭に合わせて釣り大会を行い大盛況でした。遠くは兵庫県から、近くは伊勢市までの多くの方が参加してくださいました。1位と3位は兵庫県のかたで、本船は津市の片岡さんが61センチで2位に入りました。別個に6人の方に指名されて仲間の船を誘い志摩沖のある場所にかかりました、。潮風が逆で、投錨してから3時間近くの9時前になっても魚肌も付かず、隣の船が無線の情報を聞いて走ったときに思案をしたが、この汐は必ず止まり順潮になると読んで頑張っていました。案のごとくで潮が順になり、道具が船尾に流れてきたときに片岡さんの竿が海中に突っ込んだ。「竿を手に持て」「ドラッグを効かせよ」「彼女にも魚にも優しく」と声を立てて、取り込みました。それからは船中は忙しく、42〜61センチを14枚釣り上げて帰途に着き、町民祭の舞台の上で表彰を行いました。入賞者は景品の他に伊勢海老をもらって喜んでくれて、表彰から漏れた方も抽選で伊勢海老があたり、遊漁船連合会婦人部が作った海老汁とてこねすしに舌堤をさせながら喜んでくれました。参加してくれた皆さんおおきに、、、
今志摩沖は、ちょっと早いが紅葉真鯛が乱舞しています。よろしくです。
今志摩沖は、ちょっと早いが紅葉真鯛が乱舞しています。よろしくです。
10/03: 出星前夜
雨台風に終わった15号を警戒して、船を裏海(英虞湾)の一角に避航して休んだ。その間、図書館をはしごして晴耕雨読ならずともその心境で過ごした。幼少の頃から星が好きで、夜空の星を眺めて心癒したこともあって、図書館でも星の名が付く本を引き出して読んでみる。飯島和一さんの天草の乱を背景に書いたこの本に惹かれ、準夜の勤務に出た妻が帰ったのも気ずかずに一気に読んだ。良くぞここまでと感心するくらいであった。「民を死に追いやる政事のどこに正義があるというのか」と、そしてこの前年も凶作に民は泣いたという。ここに来て異常気象といわれていますが、いつの時代もその時によって自然の悪戯があって、これでもかこれでもかと天災が起こるときもあるのだとしった。大自然の猛威の前には成す術はないが、また一からやり直してきたことが先達の知恵と力なのだと。俺もへこたれずに頑張ろうと思う。この台風15号が通過してからの志摩沖は、真鯛の群れが多いのか?。よく揚がっています。よろしくです。
09/23: 彼岸
暑さ寒さも彼岸まで、、、という言い伝えがありますが、今日はその彼岸の中日です。太陽が天球図の赤道を通るので、真東から揚がって真西に沈みます、従って昼間と夜の長さが同じ日です。暑かった夏も陰りを見せ始め、これから時を追い日を追うごとに涼しくなってくると思います。子供の頃から、早寝早起き身の薬、、なんていわれて早く起きることが習性になっていまして、出港前に墓地に行き両親のお墓に線香を上げてきました。そして、いつの時代でもそうですが激動の時代を自らが生きながらえて、子供達を無事に身体壮健に育ててくれたことを感謝して合掌してきました。物心就くときが、国破れて山河ありの時代でしたから。生活の貧しさ特に食育が満足でなく、毎日が貧しかったが、今思えばこの歳まで大病を病まず活きてこれたのは親のおかげと感謝しました。父親は漁師、母親は海女として地区の稼ぎ頭であったがなにぶん子供の数が多いから生活は苦しかったように記憶しています。親のことを念頭において、子供たちを自立するように口やかましく言ったのがよかったのか今夫婦2人きりの生活です。妻は子供たちに言う分私に小言が多くいやになるときもあるが、聞き流している、これも男の勤めやのひとつではないでしょうか?。今志摩沖は台風一過で汐は濁り、おなかのすいた魚が活発に動き回っています。諺に、水清くして魚住まず、、、なんていうのもありますで、、、その言い伝えのごとくにヨコワが揚がりました。、、、よろしくです。
09/16: 中秋の名月
9月14日は中秋の名月でした。熊野灘から昇る名月に誘われてベランダに敷物を敷き、右手に1升瓶を左手にコップを持って座った。多めの湿度とうす雲があって輝きはいまいちでしたが昼間つんで空き瓶に挿した尾花、桔梗、女郎花を横に置き、とうとうと静かに打ち寄せる波の音を聞いて飲んだ。名月も暦の関係で真ん丸ではなかったが、それなりに楽しめた。中天に差し掛かる頃、妻がぼた餅を持って横に来た。月見の宴にぼた餅とは、「気の利かない女だなあ、昔の性に戻してやるか」といったが聞いてなく 「聞かれないでよかったが」 、月見は餅が正解よと嘯いていた。世が世であればといきりたったがわが身の無力に寂寞感を感じた。花鳥風月、特に満月を見て愉しむ風習は遠く平安の昔からの行事だそうですね。戦国武将の物語にもよく書かれています。サラリーマンをしていた同級生の多くは定年退職で家に閉じこもることが多い。私らは、それがないだけでもありがたい。幾つになっても人生が挑戦です。家の親父は80歳まで現役だった。おやじの様なわけにはいかないが、希望として生涯現役を願いたいと名月に祈った。昨日の十六夜も今日の立待ち月も雨で見られない。暑かった夏も行き、季節の変わり目のそぼ降る雨に前志摩半島は濡れています。 今 志摩沖はイサキに良形真鯛が口を利いてきていますしグレのいいのも揚がっていますが。例年に比べてお客さんも少なく、開店休業状態というより、漁師で出る日が多いです。、、、よろしくです。
09/09: 釣り大会参加者 募集です。
毎年志摩町民祭にあわせて行われます 釣り大会の参加者を募集します。
会費 13000円
上位入賞の方には釣具店協賛の表彰を町民祭舞台で行います。
船代 餌、氷、昼食、ドリンク、イセエビ汁、土産つき。参加者の中で抽選で10名の方に活きたイセエビが当たる抽選があります。
皆さん良かったら参加していただけませんでしょうか?。
町おこし、地域おこしのイベントとして町から要請されて行って早13回目になります。
今年は春の桜鯛が不発に終わったもんやから秋の紅葉鯛に期待が大です・
お一人でも、グループ歓迎します。グループで本船を指定のチームには風呂付の仮眠所を無料提供します。
会費 13000円
上位入賞の方には釣具店協賛の表彰を町民祭舞台で行います。
船代 餌、氷、昼食、ドリンク、イセエビ汁、土産つき。参加者の中で抽選で10名の方に活きたイセエビが当たる抽選があります。
皆さん良かったら参加していただけませんでしょうか?。
町おこし、地域おこしのイベントとして町から要請されて行って早13回目になります。
今年は春の桜鯛が不発に終わったもんやから秋の紅葉鯛に期待が大です・
お一人でも、グループ歓迎します。グループで本船を指定のチームには風呂付の仮眠所を無料提供します。
09/08: 晴天の暗夜
日本の夏の天気を左右する小笠原高気圧から吹き出す南よりの湿った風が、気象図に描けない小さな低圧部を発達させて、局部的に各地に驟雨や豪雨を呼び込んでいた不安定な天気が続いたがそれが北に去り、今日はさわやかに乾燥した北よりの風が吹いていた。午前3時,起きるとすぐ習性になっている観天望気をする。虫の声を聞きつつ空を見上げると、スバルの星が天空にありそれに誘導されるようにオリオン星座群が天に向かって駆け上がるようにしていた。関西将棋名人の坂田三吉君が将棋の駒に観た六角形のぎょうしゃ座のカペラの星は天空よりやや下がって輝いていた。北斗七星とカシオペア座のw の星にはさまれたポラリス(北極星)はこれらの星より照度を控えめにしながらも輝いていた。過去に遠洋漁船の船長をしていた時この北極星に随分お世話になった。何故なら六分儀で高度を測ると簡単に任意の緯度が算出できて(北極星緯度法)、他に方角の違う星を1点取るだけで船位が決定できた。信じて貰えんけど、昭和40年代三重県の遠洋漁船華やかりし頃は130隻が名を連ねていた。いうことは船長がその数だけいたということです。そのときの話やけど天体観測は志摩青海入道に聞けとの話があって、港に入る度に聞かれたことがあった。その星を見ながら今日の予想を立てるようにしている。違う意味の星占いやと思っていただければ、直感的に今日はいけると思った。案の如しで今まで揚がっていた小さな真鯛は顔を見せず良型が揚がった。これからの志摩沖は秋の訪れとともに感触を楽しめる大物が顔を見せてくれると思います。、、、、よろしくです。